概要
- 徒弟制のOJTから、新入社員同士で学び合う共創型OJTを実施
- 「共創」というスタイルはアジャイル開発より着想し、若手の育成へ接続
- オリジナルのメソッドで自分自身やチームの活動を振り返り、経験を多面的にとらえ教訓にする
- チームタクトだからこそ出来る振り返りの共有で、メンバーが学び合い、相互作用が起こる
株式会社NTTデータ(以下、NTTデータ)のITサービス・ペイメント事業本部(ITSP事業部)では、顧客ニーズの変化に応じて、2020年から新入社員のOJTを「共創型OJT」へと転換しました。
「共創型OJT」では新入社員同士がチームを組み、新入社員自ら問題解決や課題解決に取り組むプロセスを通じて経験学習(※)を行います。目指すのは、創造性・多様性・自主性・能動性を持つDX人材の育成。
「サービスデザイン特区」と呼ばれるビジネスの構想策定から価値を生み出せる人材を育成する特区と、「アジャイル特区」と呼ばれる先進テクノロジーを活用できる人材を育成する特区、2つの特区からなる「デジタル特区」を設立し、実践的な学びを深めるOJTを実践されています。
人事育成担当 矢野様 大成様 西村様に、育成施策の目的や、チームタクトを活用した振り返りワークショップなどの取り組みなどについて伺いました。
※「経験学習」経験を通じて学んだことを、次に生かすプロセスを指します。失敗や成功を通じて経験を積み重ね、自己の成長や目標の達成に役立てます。
アジャイル開発から着想を得た「共創型OJT」
― 「共創型OJT」はどのような課題感から着想されたのでしょうか。
矢野:私自身、以前に全社の人事本部でも業務を行っていたことがありますが、その時から人材育成のスピードに対する問題意識を持っていました。当社では社内認定制度でランクがあり、その道の一人前であるアソシエイトから、その道の第一人者であるエグゼクティブまで一定の基準があります。ただ、アソシエイトになるのに10年近くもかかってしまうのですよ。世の中のベンチャー企業をみれば、3年目社員に新規事業を任せる、といったケースもあるなかで、人材の成長スピードに対する課題感を持っていました。
もう一つの問題意識は、人材配置方法です。新入社員は、リソース投入の意味で収益性の高い事業に配属されることが多いです。当時は、大規模なシステムを4年がかりで作っていくような事業に新入社員約20人投入する例もありましたが、彼らの将来のキャリアを考えると、それが本当に最適なのか疑問は抱いていて。彼らが将来の武器となるような、仕事経験を積むことができる場所に配置すべきではないかと考えていました。
そんな問題意識を持っていた中で、ITSP事業部の人事担当に就任しました。組織が比較的新しい取り組みを受け入れやすい状況だったのもあり、成長スピードを上げ将来役立つ経験を積んでもらうことを第一に考えたジョブアサインにしていこうと「共創型OJT」の実施に取り組むこととなりました。
― 共創という方法に着目したのはなぜでしょうか。
矢野:共創型で育成をしていくというのは、アジャイル開発の手法を参考にしています。当社では約40年前から続く決済プラットフォームサービスがあります。決済業界は様々な新規参入業者が現れ、新しいサービスが次々立ち上がる、とても変化が激しい領域です。
例えば、インバウンドが盛り上がって、免税の処理が必要になったり、QRコード決済が急速に普及したりと、スピードが速い変化が起こるわけです。そのような業界で、大規模なシステム開発として何年もかけて機能を開発するというスピード感では競合他社と競い合うことはできません。そのため、私たちは「アジャイル開発」を導入することにしました。
その際、単にその開発手法としてのアジャイルだけではなく、ベンチャーのような自由闊達な組織風土や円滑なコミュニケーションも併せて実現する必要があると考え、デジタルペイメント開発室という組織を立ち上げたのです。最初は50人ほどで、そのうち10名程度は当社から入り、その他はアジャイル開発に精通したベンダーの方々というメンバーで一緒にプロジェクトを進めました。この組織ではスクラム開発が採用されました。スクラムはラグビーのスクラムが語源となっているように、チーム全体で協力して進める方法です。
私は実験的にこの組織に新入社員を2名配置してみました。最初の年は、学生時にプログラミングを経験して得意な方を配置したのですが、それはもうイキイキと取り組んでくれるのですよ。翌年は1名プログラミングができる方を、1名は文系で全く経験がない方を入れてみました。そうすると、彼らは素晴らしい成長をし、とても楽しそうにやっているのですよね。
これは、スクラムチームでの開発環境がマッチしているということだと思いました。
チーム内の心理的安全性が高く、個々の意見を尊重し合う環境です。まさに、共創ですよね。スクラム開発は、「あなたたちはいつまでにこれをやってください」と指示型でアサインするのではなく、チームでこれをやりますって仕事をとりに行くスタンスが基本です。
アジャイル開発は、基礎的なプログラミングやクラウド技術に関するコンテンツが豊富にあって自学学習できる環境が整っています。だからこそ、自学学習してスキルアップしていく力や、情報交換しやすい環境や仕組みが存在すれば、みな成長していきます。プログラミングスキルに関しては、外部のレベルチェック(D ~ S)があり、初めはDレベルだった人達も1年後にはAレベルに到達するなど、スキル面でも向上しています。新入社員とはいえども、ある程度実力がつくと、自主的に仕事を引き受けることができるチームに成長します。
そして、何よりイキイキとやってくれている。こういった共創的な活動をビジネスサイドも展開できないかと考え、研修プログラムに応用してみることにしました。
顧客理解・チームワーク・主体性を育み、ビジネスパーソンの基礎をつくる
―育成のテーマについて教えてください。
矢野:私たちは育成目標に「顧客理解」「チームワーク」「主体性」という3つのキーワードをおいています。新入社員育成というのは、ビジネスパーソンとしての基礎力を養成する期間であり、今後の業務推進のための土台となるOS作りと位置付けています。学生のOSから、ビジネスパーソンのOSにアップグレードしてほしいので、取り組む仕事内容よりも、前に踏み出す力や、深い思考力などの基礎力を伸ばしてあげたいと考えています。
一昨年度は、とにかく「顧客理解」「チームワーク」「主体性」と言っていたのですが、各人解釈がまちまちだったため、重要視すべきポイントを明確にして伝えました。たとえば、「顧客理解」であれば「顧客の提供価値やこだわりを実感しに行く」とか、「顧客の価値観、思いに寄り添う」、「あるべき提供価値を描く」などの言葉にブレイクダウンしました。
―アジャイル特区・サービスデザイン特区ではそれぞれどのような施策を実施しましたか。
矢野: アジャイル特区は、全員が所属するデジタルペイメント開発室の「組織プレゼンスを向上するための何かを作る」というミッションを与えました。何を作るのかも、どう作るのかは各自で考えます。スクラム開発がどう進んでいくのか、技術勉強するには何からはじめればよいのか、といった感触を掴んだ後、できるチームからお客様の案件に入っていきます。
サービスデザイン特区では、最初の3ヶ月間、グループ会社にあるコンサルティングチームに協力していただき、リサーチの特訓を行います。毎週月曜日にお題を出し、金曜日に発表をするサイクルを繰り返します。徐々に示唆だしができるようになったり、ネットで調べても出てこない情報を取ってきたりと情報収集力がついてきます。その後は先輩の案件のヘルプに、残り半分は自分で新規サービスの種になるような企画を考えてもらいます。
―目的のために何をするかを自分たちで決めるには、じっくりと考えなければなりませんね。
矢野: そうですね。まさに狙いは「自ら深く思考する」ということです。
昨今のDX領域は、顧客自身も解決策を持っておらず悩みを抱えていることが多いです。このような状況において、当社としてバリューを出すために、新入社員には新しい領域にも挑戦してほしいと思っています。まずは、お客様を深く理解するっていう姿勢を身につけてもらい、お客様の価値観を理解し伴走できるようになってほしいので、そのような経験を積む機会を提供しています。
―実際にOJTを実行してみていかがでしたか。
矢野:従来のOJTでは、先輩社員からの指導に依存しすぎてしまい、「先輩が言うことが正しいのだ」と自分の頭で考えることをしなくなってしまう傾向がありました。また、配属後は個々の業務に取り組み、他の同期との交流も減るため、自分の仕事が他の人と比べてどうなのか不安になるのですよね。
今回、チームで活動することによって、自分たちで考えて主体的に動けているように思いました。新入社員は、6月に新人研修を終えて私たちの事業部に配属されます。アジャイル特区では、6月から9月ぐらいにコーディングの練習をさせ、早いチーム、実力があるチームは10月から実際にお客様の案件に取り掛かり、実務を通じてどんどんレベルアップしてもらいます。他チームのメンバーたちはこの様子をみて「負けていられない!」と刺激を受け、切磋琢磨する姿勢を見せています。チーム間でお互いを意識しているのですよね。健全な競争意識が芽生えるのは素晴らしいことだと感じています。
一方、サービスデザイン特区に関しては、領域の特性による育成の難しさを感じました。個人のマインド面が大事というのは改めて認識しましたね。私自身は、「どんな人でも、適切な育成環境を整えることで、一定のレベルまで成長できるようにする」という人材育成のテーマを掲げていますが、個々の性格やマインドが大きく影響することについては、さらなる改善が必要だと感じています。
チームで経験学習を共有する“振り返りワークショップ”で学びを深める
―OJTの中で振り返りに着目したのはなぜでしょうか。
矢野:2021年よりデジタル特区の育成に加え、本部内インターンシップという取り組みを開始しました。新入社員5、6人のチームを組成し、各現場で協力を得ながら、お客様と接点を持ち「自分たちで何かを作り出す」活動を行います。1年間のプログラムで約3ヶ月ずつ3つの現場を経験します。
この活動では、成果物をかならずしもITに落とさなくてもよく、お客さんのプロダクトの機能追加や、企画提案をさせていただくなど、自由に自分たちで考えることができます。
初年度の活動が終わり、実際に経験したメンバーにインタビューしましたが、「楽しく活動できて学びも得られたが、具体的にどのスキルが身についたのか言語化できない」という声が聞かれました。なかなか、成長実感しにくいようでした。自分のスキルに不安を覚えさてしまったな、という反省をしました。これは何とかしてあげたいな、と。
また、育成プログラムに入った人が学習スピードに差異なく、等しく成長してもらえた方が理想的なので、経験学習サイクルを共にまわす振り返りの機会を設けることにしました。
振り返りワークショップでは、経験の振り返り(内省)から、学んだこと(教訓化)をシートに記述し、さらにその教訓をグループで共有しました。ワークショップの活動は経験学習サイクルの「振り返り」「概念化」の役割を担っています。
―実際に振り返りワークショップをおこなってみて、工数や運営に関していかがでしたか。
大成:基本的には新人同士で自律的にやっていただくっていう形が多いので、育成担当側としては工数が大きくかかることはありませんでした。どうすれば若手メンバーがお互いにフィードバックし易いか」、「他のチームとどう交流すれば学びが深まるか」などといった仕掛けを考えるところに時間がかかりましたね。
西村:グループワークはなるべく介入せず、自主的な運営を見守る形にしました。一部、ファシリテーションで客観的に、「なぜそうなったと思う?」などの問いかけのサポートを行いましたが、アドバイスをすることはなかったですね。
大成:そうですね。みんながちゃんと平等に発言できるようにというところに重きを置いていました。発言が苦手なメンバーもチームタクト上で記載してから話すことで、発言が促されていたと思います。
矢野:同じチームで活動していて、同じミッションを進めているので、お互い理解しやすく振り返りしやすいようでしたね。
大成:はい、チームでお互いの強みの発見を積み上げて行くことができていました。振り返りというと、「反省」といった、もっと上手くやれたのでは?とネガティブなイメージになりがちなところですが、できたことも含めて建設的に振り返りができるよう設計しました。最初はお互いの強みとMore(こうもできるのでは、もっとこうできるかも)を書くワークを行いましたが、 Moreの観点を出すのは難しかったようです。未だ業務経験が短いということもあったのですが、同じメンバーですと意見や体験が類似してきてしまうこともあるのかもしれません。定期的に他チームと混合にし、仕組み的に多様な観点が出るよう場を設計していきました。
心理的安全な場で、等身大の自分の考えや行動、感情を振り返る
―チームタクトを導入され、振り返りワークショップにはどんな変化がありましたか。
矢野:これまでは、ビジネス目標をOKRで管理し、振り返る機会があったのですが、育成目標である「顧客理解」「チームワーク」「主体性」については、改めて振り返る機会はありませんでした。当初はホワイトボードツールを使ってやっていたのですが、チームタクトをご紹介いただいて、情報をオープンに共有しやすく、いいね・コメントなどでの活性化も図れそうだと利用することにしました。振り返りワークショップの設計もご提案いただきましたが、教訓に焦点を当てている設計でとてもよい振り返りになると思い採用させていただきました。「顧客理解」「チームワーク」「主体性」のキーワードを軸に、自分たちの行動を整理し、教訓を出すことで次の行動につながる振り返りを行うことができたと思います。2年目になってからも、これらの観点で自主的に振り返りを継続しているといった人もいますよ。
西村:チームタクトを利用して、ぱっと登録できる点や他メンバーの教訓(学び)を一覧で見られる点が、非常に良かったと感じました。誰が何を書いているのか、確認しやすかったです。
大成:ご提案頂いた育成目標の3つの観点に基づいたフォーマットを用いることで、思考しやすくなりましたし、習慣化することを促進できていると感じました。チームタクト上でお互いのシートも一覧で見えることで、程よいプレッシャー感じられるようになっていますよね。チームタクトでは、個人で取り組むべきものと、それをお互いに共有することのバランスがうまくとれました。
また、ファシリテーターはもちろん参加者も、一覧で見やすく比較しやすい点も良かったです。たとえば、チームで役割分担をするときに、「個々の得意分野での割り振りをする」チームもあれば、「自分たちの成長のために、みんなが一度は違うことをやってみる」というチームもありました。チームワークといっても、異なる考え方なのですよね。フォーマットを作ることで違いが明確になりました。そういった他チームとの違いを知ることで、学びが深まりますよね。以前は、フォーマットに自由度を持たせて実施していたのですが、その場合は議論がもやもやっと発散し雑多に書かれてしまうため、情報が散漫になりすぎてしまっていたと思います。自由度があるということは、メリットもあれば比較や分析がしにくいデメリットもあると感じました。
矢野:そうですね。多すぎても少なすぎてもだめですよね。おそらく、 10個の観点から振り返ってください、といっていたら発散してしまったでしょうね。
―チームタクトの振り返りワークショップの設計について特に印象に残った点について教えてください。
矢野:今回特に効果的なアプローチだなと思ったのは、チームのみならず、他チームとも越境し振り返りを行ったことです。いつもと同じメンバーではない人たちとも共有をすることで、新鮮な客観性が入り、さらに深堀りして考えるきっかけとなっていると感じました。仲間の教訓を見て良いと感じたものを選ぶワークは、実務で実践を促す良い設計だと思いました。
-ワークショップの評判や雰囲気はいかがでしたか。
矢野:従来のOJTにおける振り返りの仕組みは「育成面談」でした。この面談はトレーナーと呼ばれる先輩とトレーナーの上司の課長の2人と、月に1回行われます。内容は人それぞれですが、自分ができたことやできなかったこと、または改善するためにはどうしたら良いかについて話します。つまり、先輩からフィードバックを受ける場なのですよね。
先輩や人事に見せるため、しっかりと準備して取り組まなければならないという強制力や、クオリティへの意識は高く、先輩や上司からの評価は一定の効果があったと思います。しかし、新入社員の立場では大変緊張する場で、そこに心理的安全性はないでしょう。
その点、今回実施した振り返りワークショップでは、上司に見られるわけではないので、思うままに振り返りができていると思います。新入社員同士の関係性の中で、こんなことをいったらかっこ悪いかな、など気にすることなく自己開示しているように思います。
西村:同期だからこそ作り出された雰囲気の中で、みな等身大で語っていましたよね。無理せず語っているから、共感を得られるし、「みんなそうなんだ」と思えることに安心感を持てたようですね。
矢野:他の組織ではまだ月に1回の上司との面談が行われていますが、おそらく業務上の振り返りに留まっていることでしょう。これは、業務上のTIPSの共有やアドバイスですよね。そういったことは、後から学ぶことができる話であり、新入社員の段階ではマインド面や、これから自発的に物事を進めていけるような基礎づくりが重要です。
もちろん、トレーナーとして新人にそうした教育ができる管理職もいますが、全ての管理職が同じようにできるわけではありません。管理職との相性によって新人教育にばらつきが生じることは、新人にとって不運なことだと思います。それであれば、新人同士で学び合う方が合理的なのではないかと思いますよね。
―ここまでのOJTの評価は、いかがでしょうか。
矢野:この3年間、効果測定には力をいれて取り組んでおり、サーベイを定期的に取得しています。新入社員自身から職場の環境やメンタリティなどの回答を得るのはもちろん、彼らの上司による社会人基礎力の評価も行ってきました。また、育成目標である「主体性」「チームワーク」、「顧客理解」を上司評価したデータを取得しています。また、比較をするため、従来型OJTで育成された方々のデータも取得しています。
これまでのデータによると、共創型のOJTの方が従来型よりもほぼ全ての項目でスコアが良い状態ですね。毎年少しずつ様々な要素をブラッシュアップしてきた積み上げで向上してきていると思います。チームタクトの導入も、この成果に寄与していると考えています。
―ありがとうございます。今後の育成に関しての展望を教えてください。
西村:オンラインツールとリアルの場をうまく活用して、ハイブリッドでのOJT企画を進めたいと思います。また、現在、別途取り組んでいるOKRの活動とも接続していきたいです。様々なツールを使用するのではなく、一元化することで新入社員の負担を減らし、クイックに振り返りができる環境を整えたいです。
大成:なにかを習慣化するためには機能的に簡単なだけでなく、使いながら楽しいと感じることも重要だと思っています。参加する皆さんが振り返りを楽しく続けていけるよう設計を工夫していきたいですね。
矢野:今回はITSP事業部で共創型OJTを進めてきましたが、この取り組みを他の組織にも徐々に伝えていきたいと考えています。また、OJTは新入社員や若手に限った話ではないので、新任管理職や中途の方々にも振り返りの習慣を身につけてもらいたいと思っています。
振り返りワークショップに参加した新入社員の声